『この国で最高位の貴族の家に生まれて、呪法士の頂点にまで上り詰めて。僕らの思う栄耀栄華のすべてを手にしていたのに……ある時、何もかもがくだらなく思えちゃったみたいでね。そのどうしようもない退屈を紛らわすために、この国を盤に、貴族を駒に見立てたゲームを思いついたんだってさ。赫色の駒を敵の首魁に、瑠璃色の駒をその攻め手──彼自身に置き換えてね』
『瑠璃色、って……まさか……!?』
『……その様子じゃあ、知らなかったみたいだね』
──自分たちのトップが、どこの誰なのかを。
激しく青ざめたシネインの疑問符に、ケレスは憐れみめいた口調で答いら彼えを返した。
『‘光の槍’の最高責任者──今回の反乱計画の首謀者は……‘氷の魔性’。水の‘支配者’たる、ウォルメント・オースその人さ』
『…………っ!』
『……君も、見たでしょう?』
唸るような舌打ちを零したレジェットを映し、ケレスの瞳が呆れたように瞬きする。
細い両手を腰に当てて嘆息しながら、少年は不満げな調子で口を尖らせた。
『彼の執務室にあった秘密文書と、使い魔の痕跡を。僕が問いただした時だって、問答無用で襲いかかってきて……口を封じられそうになった結果が、このザマさ。危ういところで何とか逃げだしたけれど……本気で、死ぬかと思ったよ』
『……俺は、未だに信じられねぇ。あいつが、反逆なんぞ……』
『真相は、おいおい彼に聞いてみるとするよ。‘西の塔’でね』
冷えた言とともに肩を竦め、ケレスは再びシネインを見遣った。
『君たちも、いい線いっては、いたんだけどねぇ。いかんせん、相手が悪すぎたよ』
不躾なくすくす笑いに、茫としていた少女の視線がゆっくりと上がる。
絶望に染まった濃桃色を過ったのは、それでもなお鋭さを保った意志の刃。その内に確かに混ざった一筋の憎悪を事もなげにかわしながら、少年はおもむろに右手をもたげた。
『この世で一番の腕を持った男に、ゲームを挑むなんてさ』
『…………!?』
『呪力で対象物を縛り、見てくれのみを組み替える』
はっと詰まった短い呼気を、くつくつと響く哄笑が遮る。
愕然と見開かれたシネインの双眸の前で、血で汚れた指がゆっくりと懐から引き出したのは……淡く煌めく光芒をたたえた、黄金の宝冠だった。
『理論的には、極めて簡単なことさ』
少年の掌に乗る程小さなその身を埋め尽くすのは、恐ろしく精緻な細工と、そして目の覚めるようなピジョン・ブラッド。紛れもない皇家の象徴を纏った芸術的な形容は……しかしながら、その中央部分で真っ二つに両断されていた。
『君たちがやっきになって罵倒していたのは、これ──使い魔だったんだよ。多分、初めから何もかも承知の上で、入れ替わっていたんだろうね。あのひとらしいや』
『そ……んな……!』
呆然たるシネインの呻きを伴に、ケレスがぎこちない動作で右腕を掲げる。
崩れてなお妖しく光る宝珠のひとつに、芝居がかった仕草で口づけしながら……少年は再びうっそりと微笑った。
『気付いた時には、僕も相当呆れたけれど……ある意味では、これでよかったのかもね。途中経過はどうあれ、不穏分子を、一気に掃討できたんだから。これから始まる、大戦の前にね』
『…………!!』
弾むような呟きに鋭く息を詰めたのは、羽交い絞めにされたシネインと……そして、声も出せずに佇み続けていたセレナ。
思わずはっと立ち上がりかけたその身体を、恐ろしい速度で駆けつけたルスランが即座に捕える。一瞬びくりとおののいた翠緑玉と、その反応に激しく揺れた赫色を……揶揄めいたケレスの眼差しが面白そうに捉えた。
『……口上は、これくらいにしておこうか』
愛おしそうに宝冠をしまったケレスが、おもむろに軽く指を鳴らす。瞬間、突如その場に現れ出たのは、シネインとアースロックを捕えている美童と寸分違わぬ顔をした私民──否、自動人形の群れだった。
『ルナン帝国の、地の‘支配者’ケレス・ヒルズの名に於いて命ずる。ルナン帝国第六位貴族シネイン・ユファス公、及びその私民、そして他一名──以上三名を捕縛の上、北の塔へと収監せよ。全員、封呪は忘れずに。西の塔が空き次第、そちらへ移す』
『お前……!?』
急き込むようなレジェットの声をかき消したのは、一斉に突きつけられた銀の穂先。
呆然と顔を上げた火の‘支配者’ ──正確には、その手中に囚われたハルを囲んだ長槍の向こうで、ケレスは再び口の端を上げた。
『……おねんねしている彼はともかく、小鼠ちゃんと名無し君は、相当に手強そうだからね。どうせ身体に聞く事になるなら、手っ取り早い方がいい。もっとも……それでも口を割らない可能性も、十二分にあるけど。五年前の、彼みたいにね』
『…………!!』
音が聞こえそうな勢いで切歯したのはハルか、それともレジェットか。
ともに激しく揺れた眼差しを素気なく流した‘悪戯者’が、今一度合図を鳴らす。
いよいよ狭まった包囲網に囲われた二人を見遣る大きな瞳は、矮小な鼠を狩る猛禽のそれのようにも……あるいは縋る奴隷を足蹴にする冷酷な香具師のそれのようにも見えた。
『おいたは、今度こそおしまい。さあ……次は、どんな一局になるかな?』